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何時の間にやら、「宇宙基本法」というものが成立したとか。
宇宙とは、これまたすっ飛んだところに膨大な予算を持っていくのね。 政治経済はほとんど、企みと目くらましの世界。 政治は安全・支援・公平をと言いながら管理を強め、経済はまた同じことを言って依存を強めさせていく。 結果的に、そうなっています。 悪いけど、私はできる限り「適用外」になるような生き方を選んでいます。 社会では、共有認識というのがよく働くものです。 共有認識が物事の優先順位を決めていった結果、いまのような世界になっています。 誰も、望んでいなかったはずの不調和な世界が(笑) またまた、『君あり、故に我あり』より抜粋 「シューマッハー的思考の文脈では、貧しさは問題ではない。富裕こそが問題であり、貧しさは解決方法なのだ。問題は貧しさではなく、社会の不公正、人間の搾取、財力を誇示するための消費、そして自然からの略奪行為である。これらを持続させているのは富めるものであり、貧しいものではない。富裕な人々は常に、あたかも貧しい人々が問題であるかのように話し、私たちの関心をそらしてきたのだった。富める人々が自分の良心を慰め自分たちはやるべきことはやっていると感じるために、また貧しい人々が反乱するのを防ぐために、援助と開発という名前の富のおこぼれが貧しい人々に与えられる。同時に、富める人々はさらなる富と権力を自分たちのために蓄える。今重要なのは焦点を変えることである。援助や貧しい人々に「与える」素振りをする代わりに、富裕な階級や国々は貧しい人々から取り上げる分を減らすべきである。」 社会システムを持続させているのは、共有認識です。 新しい認識を共有できる仲間うちでは、新しい社会が持続できます。 お金を使わないですべて分かち合うという認識を持った仲間うちでは、お金は価値ゼロです。 ま、分かち合いにも、必需品の絶対量が足りていることが条件ですが。 |
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世界最後のインディアンといわれている日本人は、そのインディアン魂を眠らせている。
インディアンなんて時代錯誤、ではなく、注目されうるのはインディアンの部族コミュニティでは、すべての人に役割があること。だから弱者が生れない。そもそも弱者という言葉が生み出されたのは「あなたがやるより他の人がやったほうが早いわ」という類の効率化の過程だろう。そうして仕事が生活から切り離されて金銭価値が当てられてきたし、それが当り前だと思っている。仕事はお金を貰うのだから、たいへんで当り前、って? 仕事は楽しくあるべきでまた、金銭価値など当てはまらない! 逆にそうした社会は、全国で取り組みが始まっているように、コミュニティの出現で可能になるかもしれない。私も、昨年からぼちぼち目をつけているし、注目している。 たとえ現実とギャップがあろうと、私たちはあるべき姿を認識するべきだと思う。それが可能であるかないかにかかわらず。 私たちはコンクリートの上を歩いている時点で、心身ともに土を離れている。土を知らないから、地球の姿がわからない。もっと土を知るべきだし、触れて感じるべきだと思う。 もしあなたに、何となく行き場のないような焦燥感や孤独感があるならそれは、眠れるインディアン魂の、土への想いかも? (4月11日のトークショーで聞いたことを受けて) |
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7つの社会悪(advocate:Mohandas Gandhi)
労せず手に入れた富 (Wealth without Work) →言葉のとおり。利息狙いのマネーゲームを含む 良心なき快楽 (Pleasure without Conscience) →欲の欲するままに、快楽をむさぼること 人格なき知識 (Knowledge without Character) →個性を認めない画一的な考え 道徳なき商売 (Commerce without Morality) →善悪問わずに商売すること 人間性なき科学 (Science without Humanity) →科学を追求し、倫理を失うこと 自己犠牲なき崇拝 (Worship without Sacrifice) →努力なしに、ただ願うこと 原則なき政治 (Politics without Principles) →本質がない、うわっつらな政治 ※個人的な解釈を「→」以降に示した |
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よい話題、見っけ!
「京都YWCAほーぽのぽの会」の連続講座で、立命館大国際平和ミュ ージアムの安斎館長が平和学について講演したなかで・・・ 平和とは、戦争がない状態だけを指すのではなく、人間が能力を発揮す ることを阻害するいかなる暴力もないこと、暴力には、戦争や殺人やい じめなどの「直接的暴力」、貧困や社会的差別、環境破壊などの「構造 的暴力」、直接的・構造的暴力を助長する風潮などの「文化的暴力」が ある。そして 私たちは、日常生活の中で知らないまま構造的暴力に加担し、地球的な 格差社会を生んでいる、と指摘された。 日本での廃棄食料が世界の食糧援助総量の2倍もの年間2000万トンであ ること、自動販売機だけで原発数基分の電力を消費している一方、世界 では5秒に1人が餓死し、13億人が1日1ドル以下で暮らしている。 (5月21日毎日新聞 via Yahoo!ニュース) 確かに世界の貧困の話は聞いたことはあるが、都合の悪いことはすぐ忘 れるのが人間で、いつもの生活を続ける。人間の行動の結果が環境や社 会に現れてくるなら、地球は生活習慣病みたいなものか・・・。 環境や社会問題は、何かよさげなことをやろうとするとトレードオフの 関係になったり、かえって複雑になりかねない。 壊すのは一瞬、でも築き上げるのはたいへん、だったら壊すほうを止め ることを優先したい。 確実に誰もが幸せになること、誰も傷つけないことをやるのがいいんで ないかな。 有機農業も省エネも環境を保護するし、暴力に加担しないための抵抗で もある。ガンジーが非暴力で奇跡を起こしたように、何も壊さずに平和 を実現する道もあるのだろう。 いま怒っている人も悲しんでいる人も、こんなことはもう終わりだ!! それを平和を実現するパワーにしよう。 構造的な暴力に加担したくないから。 自分が使わないもの作っても面白くないし、外食もたいして美味しくな いし、おしゃれしても無意味。だから要らない。 所有しているものが少ないから、資本主義的な影響も「ぬかにくぎ」。 所有の力に依存すればするほど、不自由になる。 本来の人間としてのパワーって何でしょう。 人はみな同じくらいエネルギーを持っている。 どんな状態でも未来を思い描くことができる想像力とか、 人を喜ばせる術、それは音楽でもアートでも、うまいへたもないし。 学歴・資本・キャリアがなければ弱者というのは文化的暴力。 行き場がなくても、自分の足は地面についている!そこが居場所。 誰が何と言おうと、地球すべて共有のもの。 なぜなら、みんなつながっているから。 良いことも悪いことも、共有のもの。 なぜなら、みんなつながっているから。 みんなそこで、役割がある。 なぜなら、みんなつながっているから。 |
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